院長紹介

もくじ
院長プロフィール
院長プロフィール
院長 中木戸 拓也
資 格 柔道整復師、機能訓練指導員
出身地 福岡市南区
経歴
経歴
平成18年3月
福岡柔道整復専門学校 卒業
平成18年4月
SAKAIメディカルグループ整骨院 入社
グループの整形外科、整骨院にて治療技術、知識を学ぶ
平成27年4月
整骨院なかきど 開院
柔道整復師という職業との出会い
私が初めて整骨院に通ったのは、バドミントン部に入部してすぐの高校1年生の時でした。
練習に打ち込む中で手首に大きな負荷をかけてしまい、痛めたのがきっかけです。
今の自分なら、初心者によく起こる「使い過ぎ(over use)」が原因による手首の腱の炎症だとわかります。しかし、当時は痛みで思うようにプレーできない苛立ちと、ちゃんと治るのかという不安な気持ちでいっぱいでした。幸い長引くケガではありませんでしたが、体の急激な成長(高校1年間で身長が15㎝伸びる)に伴いその後もケガに悩まされ、その度に地元の整骨院の先生にお世話になりました。整骨院の先生=「柔道整復師」という職業を知ったのもこの時期の事でした。

仲間との出会い

高校卒業後は柔道整復師の資格を取得でき、なおかつスポーツにも携われるという事で、柔道整復専門学校(現福岡医療専門学校)に入学。九州でもトップクラスの資格合格率を誇る学校だけに、規律と勉強量に苦労しながらも国家資格「柔道整復師」を3年で無事に取得することができました。
統合医療の素晴らしさを経験
就職先は、地元でも超がつくほど有名な福岡市南区の「堺整骨院」。SAKAIメディカルグループとして、堺整骨院の業界トップの技術と堺整形外科の整形学的知識を合わせることで(西洋医学と東洋医学の統合医療)沢山の患者様の治療に携わることができました。そして、沢山の患者様の治る喜びと笑顔を見届けてきました。今でこそ統合医療はポピュラーなものになりつつありますが、当時としては画期的で先進的な医療の形であり、院長をはじめご指導いただきました先輩方の元、素晴らしい環境で学べたことにとても感謝しています。

入社10年目の壁と旅立ち
柔道整復師として一通りのことが出来るようになった入社10年目の頃、自分の心の中に「何か違うぞ?」という思いが芽生えてきました。それは、痛みが取れた患者様がまた同じような痛みを抱えて帰って来られるのです。全身全霊をかけて体を治したとしても、”患者様お一人お一人の習慣や考え方が変わるわけではない”と実感しました。
そこで思いついたのが「予防」でした。痛みを取るだけでなく、痛みの出ない体を最終目標にすることで、自分の求めている施術に近づけるのではと思い独立開業を決意しました。独立する際はSAKAIメディカルで学んだ素晴らしい技術と知識を未だ知らない方へ届けたいという思いから、地元とは全く離れた福岡県八女郡広川町での開業となりました。

自分の体を知り、行動を変える
2015年4月「整骨院なかきど」は開業しました。当院のコンセプトは「自分の体を知る」です。客観的なデータ(タニタMC-980A)も使用して、痛みの原因や体の状態の説明に時間をかけ、患者様自身に自分の体の事を理解してもらうことを心がけました。意識が変われば行動が変わり、「予防」へと繋がるのではないかという思いで現在に至っています。

寿命が延びたは最高の誉め言葉
最近は、ここに「健康寿命」というキーワードも考えるようになりました。目指している「予防」の究極は、痛みや病気がなく元気に自分の思い通りの人生を全うすることだと思っています。成長期(10代)が終わり、衰えという体の変化を感じ始めた20代後半ぐらいから、健康寿命を意識した生活を少しでも送ることができれば、その後の健康ライフは変わると思います。「先生のおかげで寿命が延びた」「自分のやりたい事を思いきりやれている」と言われることほど最高の誉め言葉はありません。これからも一人でも多くの健康長寿な人生づくりに日々精進していく所存です。

トレーナー歴
専属メディカルトレーナー
平成19年~21年
福岡県立春日高校 バドミントン部
平成21年~25年
福岡県立筑紫高校 サッカー部
平成27年~
広川フラワーズ(ジュニア&ユース女子サッカー)
その他のトレーナー活動
福岡県サッカートレセン活動(U-13/U-14/U-15)
高円宮杯 九州クラブユースサッカー選手権
福岡市中体連サッカー会場
【プロフィール】
院長 中木戸 拓也
資 格 柔道整復師、機能訓練指導員
出身地 福岡市南区
経歴
平成18年3月
福岡柔道整復専門学校 卒業
平成18年4月
SAKAIメディカルグループ整骨院 入社
グループの整形外科、整骨院にて治療技術、知識を学ぶ
平成27年4月
整骨院なかきど 開院
【柔道整復師という職業との出会い】

私が初めて整骨院に通ったのは、バドミントン部に入部してすぐの高校1年生の時でした。練習に打ち込む中で手首に大きな負荷をかけてしまい、痛めたのがきっかけです。今の自分なら、初心者によく起こる「使い過ぎ(over use)」が原因による手首の腱の炎症だとわかります。しかし、当時は痛みで思うようにプレーできない苛立ちと、ちゃんと治るのかという不安な気持ちでいっぱいでした。幸い長引くケガではありませんでしたが、体の急激な成長(高校1年間で身長が15㎝伸びる)に伴いその後もケガに悩まされ、その度に地元の整骨院の先生にお世話になりました。整骨院の先生=「柔道整復師」という職業を知ったのもこの時期の事でした。

高校卒業後は柔道整復師の資格を取得でき、なおかつスポーツにも携われるという事で、柔道整復専門学校(現福岡医療専門学校)に入学。九州でもトップクラスの資格合格率を誇る学校だけに、規律と勉強量に苦労しながらも国家資格「柔道整復師」を3年で無事に取得することができました。
【統合医療の素晴らしさを経験】

就職先は、地元でも超がつくほど有名な福岡市南区の「堺整骨院」。SAKAIメディカルグループとして、堺整骨院の業界トップの技術と堺整形外科の整形学的知識を合わせることで(西洋医学と東洋医学の統合医療)沢山の患者様の治療に携わることができました。そして、沢山の患者様の治る喜びと笑顔を見届けてきました。今でこそ統合医療はポピュラーなものになりつつありますが、当時としては画期的で先進的な医療の形であり、院長をはじめご指導いただきました先輩方の元、素晴らしい環境で学べたことにとても感謝しています。
【入社10年目の壁と旅立ち】

柔道整復師として一通りのことが出来るようになった入社10年目の頃、自分の心の中に「何か違うぞ?」という思いが芽生えてきました。それは、痛みが取れた患者様がまた同じような痛みを抱えて帰って来られるのです。全身全霊をかけて体を治したとしても、”患者様お一人お一人の習慣や考え方が変わるわけではない”と実感しました。
そこで思いついたのが「予防」でした。痛みを取るだけでなく、痛みの出ない体を最終目標にすることで、自分の求めている施術に近づけるのではと思い独立開業を決意しました。独立する際はSAKAIメディカルで学んだ素晴らしい技術と知識を未だ知らない方へ届けたいという思いから、地元とは全く離れた福岡県八女郡広川町での開業となりました。
【自分の体を知り、行動を変える】

2015年4月「整骨院なかきど」は開業しました。当院のコンセプトは「自分の体を知る」です。客観的なデータ(タニタMC-980A)も使用して、痛みの原因や体の状態の説明に時間をかけ、患者様自身に自分の体の事を理解してもらうことを心がけました。意識が変われば行動が変わり、「予防」へと繋がるのではないかという思いで現在に至っています。
【寿命が延びたは最高の誉め言葉】

最近は、ここに「健康寿命」というキーワードも考えるようになりました。目指している「予防」の究極は、痛みや病気がなく元気に自分の思い通りの人生を全うすることだと思っています。成長期(10代)が終わり、衰えという体の変化を感じ始めた20代後半ぐらいから、健康寿命を意識した生活を少しでも送ることができれば、その後の健康ライフは変わると思います。「先生のおかげで寿命が延びた」「自分のやりたい事を思いきりやれている」と言われることほど最高の誉め言葉はありません。これからも一人でも多くの健康長寿な人生づくりに日々精進していく所存です。
【トレーナー歴】
専属メディカルトレーナー
平成19年~21年
福岡県立春日高校 バドミントン部
平成21年~25年
福岡県立筑紫高校 サッカー部
平成27年~
広川フラワーズ(ジュニア&ユース女子サッカー)
その他のトレーナー活動
福岡県サッカートレセン活動(U-13/U-14/U-15)
高円宮杯 九州クラブユースサッカー選手権
福岡市中体連サッカー会場トレーナー